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No. 473

DTP時代の到来とDatabase Publishing

今では DTP という言葉は多くの人が知っているので広く通用しますが、
1980年代後半に初めて日本で紹介された時には机上出版とか言って紹介されたので、
多くの人が誤解したり混乱を招いたりもしました。
適当な日本語が無かったので DTP(Desktop Publishing) を直訳したのでしょう。
その後も暫くは DTP が一般の人々には正しく理解される事は有りませんでしたが、
一部の先進的な人々による取り組みが始まって着実に浸透して行きました。

1990年以前の組版処理は手動写植や電算写植が主流で活字組版も健在でした。
その後、DTP に必要な機材やフォントと出力センター等が少しずつ整い始め、
多くの現場で採用されるようになって行きました。
その時に大きく貢献したのがアップル社のMacintoshです。

DTP は Macintosh をプラットフォームにして普及して行きました。
それは DTP 用ソフトの多くが Macintosh 用だったからですが、
その頃の Windows は WYSIWYG 対応では無かったので当然の選択でした。
今では印刷したものは画面に表示された状態と同じ体裁なのが当たり前ですが、
その頃の Windows はそうでは無かったので DTP には不向きだったのです。

DTP は当初言われた机上出版や机上印刷等ではなく、
プリプレス工程を PC で行う事を指します。
DTP の普及はそれまでの仕事の役割形態までをも変えてしまいました。
DTP が浸透して行くに連れて手動写植や電算写植のオペレータと、
版下作成に携わっていた多くの人々がその職を奪われて転職を余儀なくされました。

影響を受けたのはオペレータや職人ばかりでは有りませんでした。
当時は犬も歩けばデザイナーに当たると言われた時代ですが、
DTP はデザイナとオペレータの境界をも取り払ってしまったので、
デザイナが DTP まで行う事も珍しくなくなりました。

DTP が有る程度普及して業界が成熟して来ると、
それまでのデザイン重視物から情報誌にも目が向けられるようになりました。
一定のフォーマットで数10から数100ページにもなる情報誌を、
それまでの手作業ではなく PC を使って自動組版する事が考えられました。
それが DTP とデータベースを組み合わせたデータベース パブリッシングです。

DBP(Database Publishing) を実現する方法は大きく分けて二つありました。
一つは DTP ソフトのエクステンションとして開発されたソフトを追加する方法で、
もう一つは Database Publishing 用に開発された専用ソフトを使用する方法です。
何方の方式も数100万円もする高額なソフトばかりでしたが、
現場でより多く採用されたのはエクステンションの方でした。
専用ソフトの方はオペレータを育てる必要が有ったので敬遠されたようです。
[No. 473] 2018/02/05(月) 未分類 track back(0) comment(1)
コメント

2周年

お陰様で2周年を迎える事ができました。
思い返せば全力疾走で駆け抜けた2年間でした。
WJILWfSI by: アーク * 2018/02/07 08:23 * URL [ 編集] | UP↑

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